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仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)280号 判決 1967年9月14日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、

一、競落許可決定は国家機関の行為であつて、競売の目的となつた物件の所有権をその所有者から徴して競落人に設定的に移動するものであるから、抵当権が実体上存在しない場合でも、形式上有効なる競売手続を経て所有権を取得した以上、競売開始決定当時の所有者は競落人に対し実体上の理由をもつて所有権を争うことは許さるべきではない。

二、仮りに、前項の主張が認められないとしても巖のなした本件根抵当権設定行為は民法第一一〇条又は第一一二条に該当するから、被控訴人は巖のなした行為について責に任ずべきである。即ち、巖が昭和三二年二月二三日及び同年一二月二七日の二回に亘り債権者徳陽相互銀行に対し、被控訴人名義で根抵当権設定契約を締結した後被控訴人は同銀行の行員相沢昭雄に対し当該根抵当権設定については巖に代理権を与えている旨を確認しているし、債権者信用保証協会の職員石井新蔵に対しても当該債務保証契約締結前の昭和三四年二月頃、巖に対し当該根抵当権設定について代理権を与えている旨を確認した事実があるのであるから、債権者松川清において巖に被控訴人名義の財産を処分する権限ありと信じたことにつき正当な理由がある。

と述べ、被控訴代理人において、

一、被控訴人が静岡県下に転居するに際し実印を実母まさみに預け被控訴人所有の財産管理を委ねたことはあるが巖に印章を預けたり、代理権を授与したことはない。

二、被控訴人が、徳陽相互銀行の行員相沢昭雄や信用保証協会の職員石井新蔵、佐治誠治らに対して為した意思表示はいずれも巖の為した無権代理行為を追認したものであつて、代理権を与えた旨を確認したものではない。

と述べた。

証拠(省略)

理由

被控訴人所有の原判決添付目録記載の不動産について仙台法務局昭和三四年九月二八日受付第八、〇八五号をもつて、債権者を訴外松川清とし、債権元金極度額を金一〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされていること、右抵当権の実行として競売が申立てられ仙台地方裁判所が昭和三五年一一月一七日競売開始決定をなし、その競売手続において控訴人がこれを競落し、前記法務局昭和三九年四月二八日受付第一六、〇六五号をもつてこれが所有権移転登記がなされたこと及び本件土地につき前示根抵当権を設定したりその登記手続をした者は被控訴人ではなく訴外木戸巖であつたことは当事者間に争いがない。

一、そこで本訴請求の当否につき案ずるに、競売は権利実行の方法であるから、実体上存在しない抵当権に因り不動産の競売を申立て競落許可決定があつたとしても、その競売は実質上無効であつてこれがため所有権移転の効力を生ずるものではない。従つて、その真正な所有者は競売手続中において異議を申立てて競売を実行する権利の存在せざることを主張したと否とに拘らず、競買手続完結後においても、その無効なることを主張して所有権移転の効力を争うことができるものと解するを相当とする(大正一一年五月二三日言渡、民事聯合部判決参照)、本件につきこれを見るに、松川清を債権者とする前示抵当権設定契約は被控訴人の関知せざるところであつて、右は被控訴人の弟木戸巖が被控訴人の印章を偽造行使してなされたものであること、これが金借に関し巖は刑事上の処分を受け、その判決は既に確定しているものであることはいずれも当審証人木戸巖の証言及び弁論の全趣旨によつて認められるのであるから、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。この点に関する控訴人の前記一、の主張は独自の見解であつて到底採用することはできない。

二、控訴人主張の表見代理の成否につき次に審究する。この点に関する控訴人の主張は、要するに、被控訴人は「徳陽相互銀行、宮城県信用保証協会等に対する関係においては巖に対し被控訴人所有の不動産につき根抵当権を設定する権限を与えていた、」と言うのであるが、これを(1)徳陽相互銀行関係について見るに、成立に争いのない乙第三、第四、第三六号証、当審証人相沢昭雄の証言及び原審(第一回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果(第二回)を綜合すると、巖は被控訴人名義を冒用して右銀行に対し被控訴人所有の不動産について昭和三二年二月二三日及び同年一二月二七日の二回に亘り根抵当権を設定したのであつたが、その后に至り、同銀行の行員相沢昭雄において右根抵当権設定契約は巖が被控訴人本人の如く装い詐称して行つたものであることを発見したので、昭和三三年九月頃同人が静岡県下に居住する被控訴人を訪ねて、これら根抵当権設定行為の承認を求めた結果、被控訴人がそれを追認するに至つたものであることが認められるので、右は巖の為した無権代理行為の追認に外ならない、また(2)信用保証協会関係については、原審証人木戸巖の証言(第一回)と原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)に弁論の全趣旨を綜合すると、宮城県信用保証協会のために、被控訴人所有の不動産について根抵当権設定契約をした者は、同協会の職員で被控訴人の遠縁に当る訴外石井新蔵であつて、同人は巖をしてその事業資金を得せしめるため被控訴人と交渉してその承諾を得た上右の設定行為に及んだこと、及び巖はこの根抵当権設定については関与していないことが認められるのである。控訴人の全立証によつても、被控訴人が巖に対し控訴人主張のごとき基本的代理権ないし何等かの代理権を授与していた事実を認めることができないから、その余の事実につき判断するまでもなくこの点に関する控訴人の主張は採用できない。

三、その余の控訴人主張の抗弁に関しては、当裁判所も原判決理由摘示の判断と同じであるから、ここにこれを引用する。

なお、成立に争のない乙第一六号証の一、二は被控訴人において本件土地が競売によつて所有権が他に移転したものとして処理すべきか、それとも被控訴人のものとして扱われるものかわからないまま発信したものであつたことは当審における被控訴人本人尋問の結果によつて認められるし、乙第三六号証は前示徳陽相互銀行に対する追認書と認むべきであるから、これらを以て控訴人の主張事実を肯認するに足らない。また当審証人川村恒太郎、柏崎孝弥の証言は当裁判所の採用し難いところである。その他控訴人が当審で提出したり採用したりした証拠をもつては原判決の認定を覆すに足らない。

以上の次第で、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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